イチロー × 松井秀喜 対談 4
ナレーション/その仮面には誰もが気づきます。イチロー選手が被る氷の仮面。
イチロー/それはいいじゃないですか。そんな時間もないのでね。
ナレーション/決して大きくない体をぎりぎりまで研ぎ澄まし、自分自身をとことんまで追い込んできたイチロー選手にとって戦いのさなかでの外からの刺激は邪魔なだけです。
一方こちらの仮面にはなかなか気づくことはできません。松井選手が被る光の仮面。
松井/ちゃんとお答えしますから。(笑)
ナレーション/大きな体で用いる力を発揮すれば、それだけで十分メジャー級の力を持っている松井選手にすれば、周囲と大らかに接することでリラックスしようとしている。
どちらの仮面も彼らがメジャーで力を発揮するための武器であり、それは二人が必死でもがいているなにのよりの証です。
あまりに対照的ですが、仮面をかぶっていることには変わりはないのです。そんな二人が今夜それぞれの仮面を脱ぎます。
イチロー/すごい、いいやつらしいね。グッドガイ賞とかもらったじゃん。
松井/あれは偶然なんですよ。偶然ね。狙ってとった賞じゃないですよ。グッドガイ賞。
イチロー/MVPは取れても、グッドガイ賞は取れないよ。絶対取れないよ。ありえない。
松井/アメリカの記者のあれですから、それもニューヨークだけですから。
イチロー/それがすごいことよ。アメリカの記者の中でその評価がすごい。一番遠い賞だよ、僕。
松井/(笑)
イチロー/サイヤング賞よりも遠い。
松井/かなり遠いですね。
イチロー/なんでああいう対応ができるの。その毎日話するよね。
松井/メジャーは、みんなロッカーまでガツガツ入ってくるじゃないですか。それで、僕のこと取材に来てる日本のメディアがたくさんいるじゃないですか。みんな僕のとこ来たら、他の選手は迷惑でしょうがないじゃないですか。
イチロー/ダメって言ったらいいじゃん。
松井/そうなんですけど。
イチロー/それはできない。頼まれたら、NOとは言えない?
松井/それやったら、やっぱり…。
イチロー/軋轢が生まれる。
松井/かといって日本のメディアが僕に取材したかったら、他の人に取材する人、殆どいないわけじゃないですか。なのに、ロッカーにボーと立ってたら邪魔でしょうがない。邪魔でしょうがないわけでしょ。ほかの選手に迷惑掛かるし。だから、「ロッカーでは無しにしよう」と言ったんですよ。その代わりに終わったら外でしゃべるから。ただそれだけなんですよ。
イチロー/僕はね、それは絶対できないの。できないの。なんとなく分かると思うけど(笑)
松井/メジャーと話さない?
イチロー/対極でしょ。動と静。陽と陰。どっちが陽か陰か知らないけれど。(笑い)
絶対できない、それはね、メディアの向こうにファンがいる。それはもちろんよく分かる。だから、適当な答えができない。緊張感を持った関係でいたいし、メディアと選手というのは、お互いが育て合うものだと思っているから、緊張感がほしい。だから、いい加減なことを聞いてくる人も沢山いるよね。それをいい加減に答えたくないし、受け流すことも簡単かもしれないけれど、それができない。だからそれが僕の気持ちの示し方で、誠意の示し方?それでお互いが高め合っていけて、お互いの質が上がっていくことが理想だと思う。
イチロー/怒るイメージないよね。
松井/そうじゃないでしょ、みたいな、そういうのありますよね。
イチロー/出さないよね。
松井/あんまり出さないですよね。
イチロー/それは、自分の基本的精神なわけ?
松井/基本的に自分がそういう風に接しられて、自分が嫌だなって思うようなことは、なるべくないようにしています。全部できているわけじゃないです。
イチロー/でもそう思っているわけでしょ。俺は、取りあえず自分だからね。取りあえず自分だから。
松井/そりゃそうでしょ。そりゃそうですけど、まあ相手が嫌な気持ちになるようなことは、なるべく言わないようにしていますけどね。
イチロー/また小さくならないといけないなあ。僕は。
松井/そんなことないです。
イチロー/取りあえず、言われる前に言えってところあるから。(笑)
松井/でもね、そのほうが楽っちゃ、楽かもしれないですね、僕はそう思いますよ。
イチロー/最近のテーマが「許す」なのよ。許すことができたら、どんな人と距離間をうまく保ちながら接することができる、それができないがために、関係がダメになったりね。寂しいじゃない。やっぱり。「許す」「ごめんね」というのが最近のテーマで、もう30にもなったしね。短所探したらきりがない、だからいいとこ見よ、どうしても許せないこと以外は許そう。それができだしたら、ずい分なんか楽になってきた。まだできていないけれど、今からやるだけど。でも、それができている感じあるよね。
松井/僕はどちらかというと、前からそうだったんだけど、いいとこ見て、違うところは目をつぶろうというか。
イチロー/年下に見られてもしょうがないよね、俺。
松井/そんなことはないですよ。
ナレーション/松井秀喜選手は弱音を吐きますか?
松井/弱音ですか。ほとんどないと思います。基本的には。
ナレーション/誰にも吐かないんすか?
松井/吐かないですね、たぶん。
イチロー/どこで吐き出すの?ずっと内に秘めているの?
松井/秘めてもない、そんなにないですね。もともとそういうストレスがない。ないことはないんでしょうけど、野球でたまったストレスは野球でまた取り返すしかないという気持ちですから、それ以外の部分でも、基本的においしい物を食べて、ゆっくり寝て、それで次の日を迎えればそんなにストレスはたまらない。
イチロー/ほんとか?そんなもんか?
松井/ほんと、ほんと。僕はそういうタイプかもしれない。そこまでもしかしたら、イチローさんほど自分を追い込んでいないのかもしれないですね。もしかして。
イチロー/俺はとにかく、どこかで吐き出さないとバランスが崩れるのが恐いわ。人間だからバランスを保たないと力が発揮できない。どこかでそれをしないと長くなっちゃうんだね、その時期が。それをしないで野球でストレスを発散するのは、おかしいよ。
松井/そんなことはないでしょう。
イチロー/ありえない。最近ね、人間はバランスの生き物だ。だから、外でしゃべっている奴は家でしゃべらない。家でしゃべっている奴は外でしゃべらないみたいな。そんな単純なものじゃないけど、そういうことは結構あるんじゃないか。バランス。そう考えて、自分の中だけでやっているのは、苦しいよね。背負ってると忘れることも難しいだろうし。
松井/かもしれないですね。でも、そこまで苦しくないんですね。僕の場合は。
イチロー/無神経?
松井/悪く言ったらそうかもしれませんね。
イチロー/でもそれは、良く作用してるってことだね。
松井/野球に関しては、そうかもしれませんね。苦しいときもありますけど、イチローさん言ってたけど、吐き気もよおすことは殆どないですね、僕なんか。
イチロー/今まで経験ない?
松井/プレッシャーに対して、吐き気をもよおすってことはないですね。
イチロー/なんか食べてってこと?
松井/(笑)それは多少ありましたけどね。
ナレーション/そして、二人に憧れる子供たちは。
子供/勉強はできたんですか?
子供/どんなふうに呼び合っているんですか?
子供/(8:53栄養が?)自分でうまいと思いますか?
子供/松井選手、イチロー選手、そんなにお金もらって何に使っているんですか?
イチロー/どんだけもらってるか、知ってるのか?この子は。全部もらえると思ったら大間違いなんですよ。半分は持っていかれるといったらあれだけど、国に納めなければならない。
松井/ま、そういうことですね。
子供/試合をやる前に、食べ物を食べたりしますか?
イチロー/試合前、僕はホームではおにぎりですね。海苔なしのおにぎり。海苔が何でいやかというと、しなっとなるんですね、時間がたつと。やっぱパリッと食べたいから、嫌なのよ俺、最初から海苔が付いてるの。
松井/ちなみに海苔ありおにぎりなんですけど、僕。
イチロー/で、どうだ?最初からついてるの?
松井/いや違います、海苔、別にサランラップに巻いてもらって、で、自分で巻いて。
イチロー/それはあり。その方がいいね。自分で巻く行為はいや、巻くのは人にやってもらいたい。だけど、しなっとはしていてほしくない。
松井/やりましょうよ。それくらい。
イチロー/嫌だ。それがストレスになるから、海苔は、無しなんでしょうね。
(バットを握る)
松井/これはズバリ、形は一緒ですね。細いっすね。
イチロー/ボール丸いから、変わんないの。こんなに太いバットでも当たるとこ、こんなもんだから、
松井/基本的には変わんないですけどね。
イチロー/嫌なとこに当てたくないでしょ。変なことに当てたくないから、きっちり当てたいから、細いほうがいいの。
ナレーション/ 彼らの話は2時間をこえても、まだ続いていました。野球のこと、お互いのこと、人生のこと、いろんなことを話していくうちに二人の表情や言葉使いが、変化していったことに気づきましたか。無邪気に話す二人の素顔は、今までのイメージとは、違いすぎていました。イチロー選手だからこそ、松井選手だからこそ、お互いの本音を引き出せたのかもしれません。
松井/お話が好きなんだろうなというか、そういう印象はしましたね。自分に嘘はつかない自分自身が常にあって。自然体で、格好よく映りました。
イチロー/すごくいい子なんだっていうのがよく分かる。よく分かりました。さすがはグッドガイ賞。