一度だけ行われた野村克也氏と桑田真澄氏の対談
あなたが人生に悩んだ時、背中を押してくれる言葉はありますか?
挫折を経験したから優しくなれる。
瞑る言葉の一つ一つが心に響く、心に染みる・・・。
仕事で悩むあなたも、家庭を守るあなたも、野球に興味ないあなたも。
今夜、2人の言葉から生きるヒントを見つけてください。
「お疲れどうも」
「どうもありがとうございました」
「おつかれさまでした」
「はい、ありがとうございましたどうも」
「なんて言葉をかけていいかわからないね」
「ありがとうございました」
「長い間、何年かな?」
「23年になりますね」
「俺よりちょっと短いね」
「はーい」
「現役どう?もう一回復帰。ストッパーが居ないんだよ。ストッパーなら行けるんじゃないの?」
「いやいやいや、もう」
「ヒュイヒュイと」
「いや~もう・・・」
「まぁ、これ位ピッチングのコツを知ってる人居ないんじゃない?最近はな。」
「今年はオープン戦でもう、これのサインで行くからってキャッチャーに言ってですね。で、まず打たれなかったですね。」
「うん」
「はい」
「これ投げて、次ここで。ここ投げたら次ここでっていう事を、自信を持って投げてきましたんで、非常に楽しかったですね」
「ツボは知ってる人はいっぱい居るんだよ。コツを知ってる人が少ない。」
「あぁ」
「と思うよ。この方はコツを知ってる。」
「いえいえそんな・・・」
「微妙なコツ。ここへほれ、計算通りショートゴロを打つとかさ」
「は~い」
「うん」
「やっぱその辺のこう、ショートゴロを打たすまでのね、あの~餌まきがさ、大変興味あるんだよな」
「ほとんど僕、ですからショートゴロしか感じた事ないですからね」
「そう。見てて思うよ。考えてる事は大体分かってる」
「本当ですか?」
コツを次の世代へ。
それは今を築いてきた者の義務。
「僕がまー君のピッチングを見せて、桑田と重ねてるんだよそいつも。彼も目指すのは桑田先輩であってほしい。うん。鏡にするのはね。やっぱり自分が成長、進歩して行くには鏡になる人がおると、やっぱりみんな、進歩っていうのはこう、模倣から入る真似から入るじゃない。真似から入って、そこへ自分流のものを加えていけばいいんで。そんな話をちょっとしたけど・。うーん、鏡にしなさいって言っておいて」
「でも、非常に楽しみですね。体もいいですし」
「え~彼はもう本当に楽しみですよ」
「はーい」
「うーん。ピッチング頭脳もいいですね」
「うーん」
「対談一回しただけ?」
「あの~、そうですね」
「商売抜きでさ」
「はい」
「いっぺん話してやってよ」
「もういつでもさせていただきます」
「僕現役の時、野村さんが監督されてる時は、ここは絶対送っとく、ここはエンドランだって僕~あの~結構」
「当てられてたの?」
「いや、あの~いつもは当たらないですけど、野村さんここでこのサイン出すなとかですね、このカウントは盗塁盗塁させるなとか、ちょっとそこで当たったときは自分に酔って、その後のバッターにやられたりとかですね、よくしてましたね」
自分の置かれた状況から、ずっと意識していても距離を見てきた。
しかし、そこに飛び込んで行く事で、扉は開かれる。
初めて共に時を過ごせば、交わされる言葉は次々と化学反応を起こして行く。
「惜しい試合ってあるじゃないですか?もう本当、こう、勝ててたのに落としてしまったっていう試合が続いたり続いたりするじゃないですか?」
「開幕早々2つやった」
「あぁそうなんですか」
「続けて」
「はい」
「ストッパーを誰にするかっていう事でまぁ3人ばかりね。ほんでオープン戦、ドミンゴが一番まぁ安定感があったね」
「うん」
「じゃあドミンゴでいこうって言って開幕して、丁度ソフトバンクに9回、2点許してよし!と、ドミンゴを置いた。コンコンコンコン7球でサヨナラ負けや・・・ホームラン見事やもんな~・・・って口開いてる間に終わった」
「アッハッハッハ」
「まぁ高い代走使って勉強はしたけど」
「うん」
「もう今更勉強する年じゃないからね~もう終わりなんだからさ。もう勉強してる場合かって」
「アッハッハッハ」
「自分で言い聞かせてる」
「死ぬまで勉強じゃないですかね?僕が言うのもなんですけど」
「今年世論家の立場でね~見させていただいてるんですけど、もうそういう時も結果で、こう、話せずに彼、そのプレーヤーがどういう準備をしてどういう気持ちであそこに居て、あのプレーヤーになったかっていう事を、こう、書いていったり、話していけたらな~と思ってますけど」
「それはもう、大事な事だと俺も、非常に気をつけてる。結果論で選手をね」
「はい」
「怒ったり、𠮟ったりしちゃいけないいう」
「うーん」
「だから、人間だから間違いも犯すだけどまぁ、努力の方向性だけ間違ってなけりゃ」
「うん」
「方向は間違ってないだけどやった事がうまく行かなかったっていうのは、僕はゆるしてるんですよ」
「ライバルは居ないより居た方がいいだろう。全てが競争社会じゃん」
勝てる喧嘩だけしていれば楽だ。
でもそれじゃ人は成長しない。
つわものとの戦いが、己を築く。
「現役時代は王監督。監督になってから長島監督。天才野球に負けてたまるか!」
「うっふふふふ」
「貧乏人のど根性見せてやる!」
「えっへっへっへっへ」
「言葉悪いけど、貧乏人と金持ちの喧嘩でも、所詮は敵わないと思ってもさ、貧乏球団は根性だから」
「うん」
「僕の場合はね本当あの~野球と知り合いじゃなかったら、僕今居ないでしょうね。間違いなく。だからもう体ではもうまず敵わないんで。こう、そばに居てくれたんで、何を考えてるのかな?こういうバッターはどうやって打ち取れるのかな?何が必要かな?っていう事を僕はいつも考えてましたね」
「俺個人の意見だけどね。清原はやっぱりいい上司に恵まれなかったってプロ入ってね。で、森監督にも言ったよ。あんたが悪いって」
「森さんですか?」
「あんたがあの~鉄は熱いうちに打てっていうね。あの、プロ入った時にピシッと人間教育をすべきだったと」
「うーん」
「そしたら、もっとすごい選手になってたと思う」
「うーん」
生きていると、時に理不尽なルールに縛られる事がある。
それでも、決して諦めずに明日を夢見てほしい。
「丁度僕も息子が高校になったんですけど、野村さんも丁度高校生になられた時っていうのは、大分苦労されました?プロアマの色々あるじゃないですか?」
「まぁ、子供の方は、克則の方は、逆に気を使って家に帰ってこないわ」
「あ~そうなんですか」
「野球部の寮に入ったっきり」
「へぇ」
「みんなに迷惑かけるって、お前プロの親父に教えてもらってたなんて所をね?」
「あぁ」
「家の家のどっかから隠しカメラでね」
「あぁ」
「えぇそれで練習しとる親父と一緒にね、練習してるなんてもう、撮られたら困るとか言って一切帰ってこないんだもん・・・」
「へぇ」
「だからあれもおかしな規則だよね~」
「うーん」
「えぇ」
「僕、去年ですね、ガリクソンの家に行って丁度ガリクソンが日本でプレーしてる時に生まれた子供が高校3年生なってたんですよね」
「おぉ」
「で、その試合あるからってその日見に行ったんですよ。そしたら試合前にブルペン行こうって、ブルペンの真横でこうして、ちょっと頭突っ込んでろ!もっとステイバックしろ!とかって、がリクソンが直接指導してるんですよね」
「うん」
「丁度高校時代って、いい時代の時に成長する時じゃないですか?ですから日本もそういう風になればいいのにな~と思ってたんですよね~」
広がる格差社会。
そんな中、人間は知恵を振り絞り、どうにかしてその差を埋めようと努力を続ける。
「まぁ僕の印象はね、こう集団とチームの違いというのは感じる。今はまぁジャイアンツ球団にしか思えないんだよ。で、チームっていうのはやっぱり機能性があってチームですからね」
「はい」
「だからまぁ、一応4番バッターばっかり集めて失敗してまたこんな事繰り返てるのかってね」
「うん」
「野球ってうまく出来てるんだよね。やっぱ1番から9番まで、守ってるとここのそのポジションって、条件があって適材適所にはめていく行くじゃない」
「適材適所っていうのは絶対大事ですよね。はい。やっぱり、走れる人が居て、前へ進める人が居て、帰せる人?これ絶対必要ですよね」
「いや~僕にジャイアンツの事振らないでくださいよ!コメントしづらいじゃないですか。」
「ふっふっふっふっふ」
「やっぱり色んな会社で社長が社員の訓示に野球を例にあげるっていうのは分かるよね」
「難しいからこそ研究したくなったり、勉強したくなったり、深くこう追い求めて行くのかも分からないですね」
「育成とか管理とかまぁ指導を含めた、もろもろ仕事がありますけど、行き着くところは、あんまり好きな事ばじゃないんだけど、やっぱ根底にあるものは愛だと思うんだよね」
「うーん」
「選手をどれだけ愛してるか、チームをどれだけ愛してるかって、チーム愛だ、ね?選手愛だっていう事が一番底辺になかったらね」
「うーん」
「やっぱ育つもんも育たないと」
「うん」
ID野球を掲げ、一見冷徹な様にも見えた野村の野球。
しかし、そこに流れていたのは、人と人とを結びつける一番大切なものだった。
「これはもう、桑田コーチがやってくれりゃ~本当もう楽でいいな。好きなようにやってちょうだいよ」
「あっはっはっは」
「全てお任せします」
「あっはっはっは」
「楽天のコーチ、監督だね」
「へっへっへっへっへ」
「後継者できた」
「へっへっへっへっへ」
「まぁ彼なら安心して譲れるわね」
「どうぞよろしく」
「こちらこそありがとうございました」
「早く日本来て」